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薬の科学:口内炎に「貼る錠剤」

化学 生物学

先日,新学期が始まって久々に外食が増えたせいなのか,口内炎ができてしまいました.それも今回はかなりこじらせてしまったようで,食事するのが嫌になるぐらいにの痛みだったので,薬を使うことにしました.

こうして薬局に行ってみつけたのが,この記事のタイトルにある,口の中に「貼る錠剤」でした.口内炎の薬といえば軟膏だと思っていたため,個人的にちょっと意表を突かれました.それで興味をもったので,今回はこの薬について簡単に考察してみようと思います.

どのような薬なのか

今回テーマにしている薬はアフタッチAという商品名の薬です.

【指定第2類医薬品】アフタッチA 10錠

【指定第2類医薬品】アフタッチA 10錠

形状は下の模式図に示すような錠剤で,ティッシュ等で水分を拭き取り乾燥させた患部に白い側が接触するように貼付させて使います.すると,舌などでそこそこの力を加えてもとれないぐらいしっかりと口腔粘膜 *1 に貼り付き,10分ぐらいかけてゼリー状に変化にしていきます.そして,やがては自然に溶けてなくなります.

薬の形状

添付文書によると,この間に薬の成分が徐々に放出されて患部に作用するらしいです.商品の宣伝のためにこの記事を書いているわけではないので,私の個人的な使用感はここに載せませんが,とりあえず私の口内炎はこの薬を使い始めて3日ほどで治癒しました.薬の作用により何かが改善したのかどうかは知りません.

口内炎とは

さて,この世にも不思議な(?)薬の「しくみ」を考える前に,そもそも口内炎とは何なのかについて簡単に説明しておきます.

まず,口内炎を辞書的に説明すると「口腔内粘膜の炎症」ということになります.ここで炎症とは「何らかの有害な刺激に対する生体の自然な免疫応答の結果として生じる組織の変質や充血,滲出 *2 などを併発する複雑な病変」のことです.したがって,口内炎という言葉の示す病態の範囲はかなり広く,具体的には「口腔内粘膜が発赤,腫脹して爛れ,痛みがある」などの症状を指す総称ということになります.

こうした口内炎の原因としては熱湯などによる物理的刺激の他に薬品などの化学的刺激,ウイルスなどによる全身性の疾患など様々なことがあり得ます.アレルギーが関係している場合もあるようです.

このように,口内炎というものは原因も症状も多岐にわたり,かなり大雑把な病態区分であることがわかります.そのためか,手元のブリタニカ国際大百科事典でも「決定的な治療法はない」とはっきり書かれています.

ここまでで,口内炎全体をターゲットにするのではあまりに大雑把で治療のしようもないということがわかったわけですが,実は口内炎には症状の種類によってアフタ性やカタル性など,もう少し細かい区分がなされています [1] .そして,今回考察対象にしているアフタッチという薬は,名前から容易に推測できるように,アフタ性の口内炎に効果のある(とされる)ものです."アフタ"(おそらくギリシャ語由来)とは小さい有痛性の白斑状糜爛で,これを生じる口内炎がアフタ性口内炎と呼ばれるかなり一般的な口内炎です.アフタ性口内炎に絞っても原因は様々考えられますが,多くのケースでは以下のようなことが起こっていると考えられています.

  • ストレスや栄養バランスの崩れによって粘膜が弱っている
  • 物理的な刺激などによって粘膜に傷がついている
  • 口の中で細菌が増殖し,活性化している

状態のときに細菌が粘膜内部に侵入して免疫応答が起こり,その結果,アフタ性口内炎が生じるというわけです.

アフタッチの成分

前置きが長くなってしまいましたが,いよいよ本題に入ります.この薬に関する,現時点での私の疑問点は次の通りです.

  • どのようにして口内炎に作用するのか(作用機序)
  • どのようにして口腔粘膜に付着し,ゼリー状に変化するのか(吸収過程)

それでは,これらの疑問に対する答えを得るために,まずはアフタッチの成分を1つ1つみていくことにします.

なお,アフタッチに関する基本的なデータはKEGG *3 で閲覧可能です. http://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med_product?id=00057670

トリアムシノロンアセトニド:有効成分

トリアムシノロンアセトニドは以下の構造をもち,高い抗炎症性・抗アレルギー作用を示すアフタッチの有効成分です [2] .

トリアムシノロンアセトニドの構造

構造式を見れば一目瞭然ですが,この物質はステロイドの一種であり,糖質コルチコイド(グルココルチコイド)として作用します.糖質コルチコイドとは副腎皮質ホルモンのうち,肝臓の糖新生や血糖値の上昇などを引き起こすことによって糖質代謝を促進する作用や,サイトカインとプロスタグランジン *4 の産生を抑制することによって炎症を抑える作用をもつステロイドホルモンの総称です [3] .つまり,アフタッチは口内炎(炎症)を起こしている組織の細胞にホルモンを直接作用させて,症状の緩和をはかる薬剤であると推定できます.原因が一定でない以上,原因療法を行うのは困難なのでしょう.

カルボキシビニルポリマー:増粘剤

カルボキシビニルポリマー(カルボマー)は下の図に示すように構造中にカルボキシル基(-COOH)をもつ高吸水性高分子です.

カルボキシビニルポリマーの構造

このポリマー分子中のカルボキシル基の一部またはすべてを水酸化ナトリウムや水酸化カリウム,アミン類などの塩基で中和するとカルボキシビニルポリマーはアニオン性の増粘剤として機能します [4] .どういうことか説明しましょう.乾燥時には,側鎖カルボキシル基は電気的に中性な -COONa などの形で存在し,高分子鎖は密に絡まった状態にあります.ここに水を加えると,側鎖部分が -COO^- と Na^+ などに電離するため,親水基の -COO^- どうしが電気的な反発によって数百倍に広まって大きなすきまをもつ構造に変化します.このとき,網目構造内部のイオン濃度は外部のそれよりも大きいので,浸透圧によってこの構造中のすきまに水分子が大量に入り込み,立体網目構造中に完全に閉じ込められて加圧しても容易には出てこなくなります [5] .これが,いわゆる「ゲル化」された状態で,アフタッチは唾液によってこの変化が引き起こされるために「ゼリー状に変化する」ものと考えられます.

実は,このような性質をもつアニオン性増粘剤はカルボキシビニルポリマーだけではなく,様々なものがあります(例えば,アクリル酸ナトリウムなど).その中でカルボキシビニルポリマーは,

  • 少量で高い粘性を得ることができる
  • 透明度が高く,ポリマー自体の基剤臭も少ない

という特長をもつ [4] ために口腔用貼付剤であるアフタッチに採用されたのでしょう.

メタケイ酸アルミン酸マグネシウム:胃障害の防止?

メタケイ酸アルミン酸マグネシウムは一般には胃を保護する制酸剤として知られていますが,製剤面では賦形剤(後述)として使用されるようです [6] .ただし,アフタッチは口腔用貼付剤であり,飲むことを前提としていない薬であるため,一部成分が胃に負担をかけるものである可能性があります(これは私の勝手な推測で,まったく検証していません).そのため,メタケイ酸アルミン酸マグネシウムを採用した背景には,もしかすると「胃障害の防止」という役割を担わせる意図もあったのかもしれません.いずれにせよ,メタケイ酸アルミン酸マグネシウムが加わっている主な理由は製剤に関するものであろうと思われます.

その他の添加物

上記以外の成分はアフタッチに限らず,多くの医薬品(錠剤)に共通して添加されている添加剤です [7] .

  1. 結合剤 ・・・ ヒドロキシプロピルセルロース,カルメロースカルシウム
    原料の粒子同士をつなぎとめる役割をもち,錠剤の物理的な強度に影響します.
  2. 賦形剤 ・・・ 乳糖,カルメロースカルシウム,タルク
    有効成分だけでは薬が小さくなりすぎる場合に,錠剤を扱いやすい大きさにするために加えられる生理的に不活性な物質です.
  3. 滑沢剤 ・・・ ステアリン酸マグネシウム,タルク
    粉末の流動性を向上させ,圧縮製剤を容易にするために加えられます.
  4. 着色料 ・・・ 黄色5号
    錠剤に判別用の印字を行うためなどの目的で使用されます *5 . アフタッチでは,接着面がわかりやすいように,支持層を着色するために使用されています.

口腔用貼付剤に用いられる接着剤

ここまでに行った考察で,始めに挙げた疑問のほとんどが解決しています.作用機序はトリアムシノロンアセトニドの項で判明しましたし,ゲル化の機構もカルボキシビニルポリマーの項で明らかにしました.しかし,1つ大きな疑問点が残ったままとなっています.それが「どのようにして口腔粘膜に付着するのか」という点で,つまりアフタッチに含まれる成分をすべて調べても,「接着剤」にあたる物質が見つからなかった(見落としてしまった)ということです.そこで,今度は別のアプローチでこの疑問の解決をはかることにします.

医療用接着剤は,単に「湿った組織に接着する」ということに加えて,さらに様々な特性をもつことを要求されます.いくつか例を挙げるのであれば,

  • 薬剤との親和性をもち,またそれを放出することができる
  • 体液にさらされた状態でも接着力を維持できる
  • 高い水蒸気透過性や滅菌時の耐性をもつ

などの要件を満たす必要があります.とはいえ,医療用接着剤もその接着機序は本質的に通常の接着剤と同様で,一次結合(共有結合力),二次結合(クーロン力,水素結合力,ファンデルワールス力),もしくは三次結合(機械的投錨力)のいずれかによって接着を実現するしかありません [8] .口腔用貼付剤というものを考えると,このうち一次結合と三次結合は明らかに不適です.したがって,アフタッチの接着も主に二次結合によって実現されているものと考えるのが妥当に思われます.

実際,多くの口腔用貼付剤に用いられている粘着剤は,多数の水素結合​​形成基を含む親水性高分子のようです [9] .ここで,もう一度アフタッチに含まれる成分を見返してみると,この条件を満たしそうな物質が2つほどみつかります.それはカルボキシビニルポリマーとヒドロキシプロピルセルロースです.これらの分子にはそれぞれ多数のカルボキシル基とヒドロキシ基という水素結合​​形成基が含まれています.口内粘膜の表面には当然,こうした分子と水素結合を形成し得る官能基が多量に存在すると考えられるので,これらが水素結合を形成することで,アフタッチは口内粘膜に接着するものと推定できます.ただし,既に述べたようにカルボキシビニルポリマーのカルボキシル基の一部またはすべては中和されているものと思われるので,実際にどの程度接着に貢献しているかはわかりません.以上から,少なくともヒドロキシプロピルセルロースはこの接着に深く関与しているだろうということが結論づけられます.

口腔用貼付剤という剤形

私は知りませんでしたが,口腔用貼付剤という剤形は今回取り上げたアフタッチ特有の珍しいものというわけではなく,様々な薬剤について採用されており,そもそも特に新しい技術というわけでもないようです.私が調べた限り,最も古い口腔用貼付剤に関連する論文は1965年に出されたものでした [10] .

また,口腔用貼付剤を含む皮膚・粘膜用貼付剤は従来局部(貼付部)に作用させることを目的とするものだったわけですが,近年では経皮吸収治療システム(Transdermal Therapeutic System; TTS)として,全身に長時間持続作用させることを目的とするものの開発も盛んなようです [8,11] .全身に作用させる薬を口腔用貼付剤の形で投与するというのは,少々まわりくどいやり方のようにも思われますが,実際には,

  • 薬剤をすばやく代謝経路に導入できる
  • 薬剤が消化系で分解される恐れがない

などといった利点があるので,場合によっては有効な手段となり得ます [9] .

一般に「薬の開発」と言えば,ほとんど「有効成分の研究」と同義のように考えられがちですが,実際には有効成分以外にも投与手段や製造方法など,実に様々なものを研究・開発する必要があります.私たちの身体の不調を改善する小さな一粒一粒は,科学者たちの大きな努力の結晶にほかならないのです.


<参考文献>

[1] 鈴木寛丈. "口内炎の種類と特徴". メンズスキンケア大学.
http://mens-skincare-univ.com/article/005532/ , (accessed 2014-10-19).
[2] アフタッチ口腔用貼付剤25μg (医薬品添付文書). 帝人ファーマ株式会社. 2009-9.
[3] 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也, 塚谷裕一. 岩波生物学辞典. 第5版, 岩波書店, 2013, p.365
[4] 川副智行. "トイレタリー". 水溶性高分子の基礎と応用技術. 野田公彦. 普及版, シーエムシー出版, 2009, p.32-41
[5] 卜部吉庸. "機能性高分子". 化学 I・II の新研究. 改訂版, 三省堂, 2005, p.711-715.
[6] "ノイシリン". 富士化学工業. 2010. http://www.fujichemical.co.jp/medical/medicine/neusilin/ , (accessed 2014-10-31).
[7] "医薬品添加物". 日本薬学会 薬学用語解説. 2006-6-27. http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?医薬品添加物 , (accessed 2014-10-31).
[8] 林壽郎. "生体適合性". 粘着剤と粘着技術. 永田宏二. 普及版, シーエムシー出版, 2007, p.142-161.
[9] SMART, John D. Drug delivery using buccal-adhesive systems. Advanced drug delivery reviews, 1993, 11.3: 253-270.
[10] GIBALDI, M.; KANIG, J. L. Absorption of drugs through the oral mucosa. Journal of oral therapeutics and pharmacology, 1965, 31: 440-450.
[11] 木村聰城郎. "薬物の経皮吸収と口腔粘膜吸収の基礎研究". 帝國製薬. 2012-12-21. http://www.teikoku.co.jp/japanese/contents/medical/dermatology/derma_21_yakubutu.html , (accessed 2014-10-21).

*1:口腔粘膜に比べると取れやすいですが,舌でもくっつくようです.私は検証していませんが.

*2:血漿成分が血管外に漏れ出すこと.

*3:Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes の略称.京都大学発のバイオインフォマティクス研究用データベースですが,現在ではより社会的ニーズの高いデータ(薬剤添付文書など)との統合も行われています.

*4:ともに炎症を起こすのに必要な物質.

*5:ただし,着色料の発がん性などの問題から,最近は着色料を用いず刻印だけの錠剤も多いようです.なお,黄色5号(サンセットイエローFCF)の発がん性は現在のところ認められていません.

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