巨大ウイルスから考える「生物の定義」と「真核細胞進化の謎」
はてなブログの今週のお題は「最近おもしろかった本」だそうですが,たまたま数日前に読み終えた本が大変興味深いものであったので,今回はこのトピックに沿ってその本の書評記事を書きたいと思います.たまにはこうやって「お題」に乗ってみるのも悪くないでしょう.
さて,ということで今回取り上げる本はこれです.
巨大ウイルスと第4のドメイン 生命進化論のパラダイムシフト (ブルーバックス)
- 作者: 武村政春
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/02/20
- メディア: 新書
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ブルーバックスです.だいぶ久しぶりに手に取りました(そもそも縦書の本が久しぶり……).というのも,私は元々ウイルス学に興味を持っている上に,この巨大ウイルスに関するテーマは「生物とは何か」という生物系の人間ならおそらく誰もが一度はぶち当たる大問題に一石を投じる大変興味深いものであるため,書店でこの本を見かけたときに自然と手が伸びてしまったのです.
では早速,この本を読んで私が考えたことや思ったことを書き綴っていくことにします.
相次ぐ巨大ウイルスの発見
『巨大ウイルスと第4のドメイン』は索引まで含めても221ページしかなく,それほど分厚い本ではありません.にも関わらず,そこで扱われているテーマは「『生きている』とはどういうことか」や「初期生命進化論」などどれも壮大なものです.この本は全体として4章構成となっていますが,そのはじめの第1章では,これらのテーマを引き出す発端となる出来事,すなわち「巨大ウイルスの発見」について,まったく前提知識のない人にもわかりやすいように丁寧な説明がなされています.
本記事でそこまで丁寧な説明を行うことはスペースや時間の都合上不可能ですが,後続の話題を理解してもらうためにも巨大ウイルス発見の経緯について軽く触れておく必要がありそうです.
ウイルスの常識・非常識
ウイルスは1892年にロシア人微生物学者イワノフスキーによってタバコモザイクウイルスが発見され,その存在が世界に知られるようになりました.そして,アンドレ・ルヴォフによってウイルスは次のように定義されました [1] .
- 細胞内だけで増殖し,潜在的に病原性をもつ感染性の実体
- 核酸としてDNAまたはRNAのいずれか一方をもつ
- 遺伝物質(核酸)だけから複製される
- 二分裂で増殖しない
- エネルギー産生系を欠く
- 宿主のリボソームをタンパク質合成に利用する
この定義には大きさに関する規定はありませんが,ウイルスは日本語で「濾過性病原体」と呼ばれることからもわかるように *1 ,一般には(細菌などよりも)小さいものと認識されていました.これはゲノムサイズについても同様のことが言え,とにかく「小さい」というのがウイルスの世界では「常識」のようなものとなっていたわけです.
続々とみつかる巨大ウイルス
ところが,21世紀に入るとこの「ウイルス界の常識」を破る「非常識なウイルス」が続々と発見されるようになりました.その契機となったのが,2003年にフランスのディディエ・ラウールによって発見されたミミウイルスです.このウイルスは直径がおよそ0.75μmもあり,ほとんど細菌並みの大きさでした *2 .また,ミミウイルスは物理的な大きさだけでなくゲノムサイズも(ウイルスとしては)巨大で,それまでに知られていたウイルスの中で最大のゲノムをもつものよりも,さらにその3倍を超す大きさを誇ります.
その後も巨大ウイルスの発見は続き,ミミウイルスよりもさらに大きなウイルスまで発見されるようになりました.そうして発見された巨大ウイルスのうち代表的なものを下の表にまとめておきます [2] .
発見年 | ウイルス名 | 大きさ |
ゲノムサイズ |
特徴 |
---|---|---|---|---|
2003年 | ミミウイルス | 0.75μm | 1,185kb | 最初に発見された巨大ウイルス |
2009年 | マルセイユウイルス | 0.25μm | 368kb | mRNAを粒子の中に含む |
2011年 | メガウイルス・チレンシス | 0.85μm | 1,259kb | 遺伝子数が1,000を超える |
2013年 | パンドラウイルス・サリヌス | 1μm | 2,500kb | つぼ状で未知の塩基配列多数 |
2014年 | ピトウイルス | 1.5μm | 600kb | 物理的な大きさが極めて大きい |
非常識なのは大きさだけではなかった
巨大ウイルスの発見で驚くべきことは,第一にその大きさであることは言うまでもないですが,それ以外にも従来のウイルスとは異なるいくつかの特徴を挙げることができます.
まず,先の表に示したウイルスはすべてDNAウイルスです.この時点で,既に「おかしい」ということに賢明な読者諸氏はお気づきかと思います.そうです,先述したウイルスの定義では「核酸としてDNAまたはRNAのいずれか一方をもつ」となっていたはずなのに,上の表を見るとマルセイユウイルスはDNAとRNAを両方保持していることがわかります *3 .
また,巨大ウイルスの中にはタンパク質の「翻訳」に関わる遺伝子をもつものまでいます.今のところ,ウイルス粒子内で実際にタンパク質翻訳を行っているという証拠はあがっていないようですが,もしそういうことがあれば今度は先ほどの定義の「宿主のリボソームをタンパク質合成に利用する」に該当しなくなる可能性もあります.
これらの特徴は従来のウイルスには見られなかったことであると同時に,いずれも「通常の生物」に近い性質であるといえます.したがって,こうした一連の「巨大ウイルス発見」という事件は,ウイルスを一般の生物に近づけ,その境界線を曖昧にしたということができるのです.このことが,以降で紹介する「生物とは何か」や「初期生命進化」の話題につながっていきます.
「生物の定義」を考える
巨大ウイルスと「生物の定義」の話を近づける前に,従来の「生物の定義」について簡単に説明しておきます.もっとも,この問題は非常にややこしく,また教科書や研究者によって異なる定義を行っていることもしばしばであるため,ここに挙げるのはその一例にすぎません.
- 形質が子孫に遺伝する
- 自己増殖能力を有する
- 細胞からできている
この定義で言うと,ウイルスは条件の1つ目しか満たしていません.ウイルスは自己増殖能力を有しておらず(宿主細胞に寄生しないと増殖できない),細胞からできてもいないです.
では,「生物の定義」に合致しないウイルスは「無生物」なのでしょうか.このことは長いこと研究者の間でも論争になっており,実際のところ現在でも決着がついていません.すなわち,研究者の中でも「ウイルスは生物」派と「ウイルスは非生物」派,「ウイルスは生物でも非生物でもない」派の3つの立場が混在している状況です.
個人的には3つ目に挙げた立場を支持していて,ウイルスは生物でも非生物でもない「生物的存在」だと私は思っています.というのは,「生物の定義」に照らし合わせたとき「ウイルスが生物でない」ことは明白であるものの,かと言って,「ウイルスを道端の石ころや砂と同等に扱う」というのも違和感があるので「ウイルスは生物でも非生物でもない独自の存在」ということにしておけば丸く収まると考えているからです.
さて,話を巨大ウイルスに戻します.前節の末尾で,巨大ウイルスが「通常の生物」に近い特徴をもつことを述べました.そのことが,この「生物の定義」の議論と密接に関わってくることはわざわざ説明しなくてもおわかりいただけるでしょう.もちろん,この「巨大ウイルスの存在」という新事実は「ウイルスは非生物」派にとっては有利なものではなく,どちらかというと「ウイルスは生物」派にとって有利なものとなりました.
第4のドメイン
実は,ここで『巨大ウイルスと第4のドメイン』というタイトルの後半部分に登場するキーワードが鍵となってきます.すなわち,「ウイルスは生物」派の人々は「ウイルスを第4のドメインに位置づける」ことを考えるようになりました.
現代の分類学では,生物を以下に示す3つのドメインに分けるのが主流となっています.
- 真核生物ドメイン
- 細菌(バクテリア)ドメイン
- 古細菌(アーキア)ドメイン
我々ホモ・サピエンスや,ほとんどすべての目に見える生物(動植物)は真核生物です.これらの生物は,細胞の中に核を有しているためにそう呼ばれます.一方,人間が肉眼で見ることのできないぐらい小さな生物の中には核をもたないものがあり,それらが細菌と古細菌に分類されます.
これ以上細かな話はここでは割愛しますが,とにもかくにも従来より生物の世界は3つのドメインという大きなくくりに分類されていました.そこに,最近発見された巨大ウイルスを含む第4のドメインを追加しようというのが,最近になって興った新しい流れです.『巨大ウイルスと第4のドメイン』では第2章を割いてこの件について詳しく説明されています.
新しい「生物の定義」を試みる
第4のドメインについては,既にある程度話が世間に知られており,私も数年前から聞き及んでいたことでしたが,『巨大ウイルスと第4のドメイン』ではこれとは異なる,さらに面白く大胆な試みについても紹介されていました.それは,「『生物の定義』を新しくしてしまおう」という試行です.
もう少し具体的に説明しておきます.筆者によれば,新しい「生物の定義」はミミウイルスを発見したラウールらによって提唱されたもので,2種類の「生物」を定義します.
- REOs:リボソームをエンコードする生物
- CEOs:カプシドをエンコードする生物
これは非常に面白い提案だと私は思いました.これにより,従来の生物(ウイルスは含まない)はすべてREOsに分類され,現在ウイルスと呼ばれるものはすべてCEOsに分類されることになるはずです.つまり,この「生物の定義」であれば「ウイルスを生物と違う」とすることの違和感と「ウイルスを他の生物と同じ」とすることの違和感を同時にぬぐい去ることができるように思えました.
「生物の定義」は恣意的なもの
『巨大ウイルスと第4のドメイン』の第3章では,「『生きている』とはどういうことか」について,さらに様々な角度から論じられています.それを見て思うのは(見なくてもですが)色々な説が唱えられてはいますが,「生物の定義」に関する議論は当面終焉をむかえることはなさそうだ,ということです.
しかし,私がかねてから思っていることは,「何が生物で何が生物でないか」ということは所詮人間が便宜上の問題で決めることなのであって,人間がいなかった時代からの根源的な問題ではないということです.したがって,絶対的な答えなど最初から存在せず,定義や境界が曖昧になるのはある種仕方のないことであり,さらに言えばそこまで頑なに統一を図る必要すらないものだと私は思っています.
重要なのは,「生物の定義」を厳密に定めることではなく,生物(やウイルス)がどのような起源をもち,関わってきたかということを理解することだと思います.著者も本の締め括りで「巨大ウイルスと他の生物の関係を紐解いていくことが現代の生物学者にとっての課題だ」という主旨のことを述べています.
真核生物の起源
話はがらりと変わります.巨大ウイルスから広がるもう一つのテーマに「初期生命進化論」があり,これについても本の中で触れられているということは既に述べました.具体的には主に第4章が,こうした内容にあたります.「初期生命」といっても,なかなかその範囲が広いので,ここでは特に私が強い関心を持っている「真核生物の起源」に関してのみを取り上げることにします.
不自然な真核生物の進化
真核細胞と原核細胞の違いは何か.もちろん,核の有無もその違いのひとつですが,それだけではありません.主たる違いを表にまとめてみます.
項目 | 原核細胞 | 真核細胞 |
---|---|---|
大きさ | 1-10μm | 10-100μm |
核 | なし | あり |
ミトコンドリア | なし | あり |
小胞体 | なし | あり |
ゴルジ体 | なし | あり |
微小管 | なし | あり |
要するに,真核細胞と原核細胞の大きな違いは「(核を含む)細胞内器官(オルガネラ)の有無」と言うができます.こうした違いは高校生物でも扱うようなことですが,この表をみて「不自然だ」と感じるのは私だけなのでしょうか.私は,初めてこの違いを知ったときに強い違和感を覚えたことを記憶しています.どこが不自然なのか.真核細胞と原核細胞の違いは,核の有無に留まらないどころか,むしろ「多すぎる」というぐらい異なっています.こここそが,私が不自然だと感じる点に他なりません.
生物学は「例外多き学問」と言われます(少なくとも私はそう捉えています).たまには,「核はもっているが,ミトコンドリアをもたない細胞」や「一部の細胞内器官をもつが核をもたない細胞」がいてもおかしくなさそうなものですが,そうした例はほとんど聞いたことがありません *4 .
そうした例がみつからないというのはどういうことなのでしょう.考えられるのは,あるひとつの細胞が核とその他の細胞内器官を(突然)同時に獲得したか,もしくはかつてはそうした細胞(少なくともその一方)が存在したが現在は絶滅してしまっている(もしくは未発見の状態である)かのいずれかです.前者はいくらなんでも話ができすぎているので,普通に考えれば後者が正解だろうということになります.すなわち,真核細胞は核と細胞内器官を時間差で獲得したと考えるのが妥当です.
ここまで考えても,以下の疑問が残ります.
- 真核細胞は核とその他の細胞内器官のいずれを先に獲得したのか
- 核もしくはその他の細胞内器官のみをもつ細胞はどうして絶滅してしまったのか(どう生存上不利だったのだろうか)
これは,高校時代から今に至るまで私がずっと疑問に思い続けてきたことです.
細胞核はウイルス由来?
核と細胞内器官のうち,少なくとも後者は共生によって獲得されたということがほぼはっきりしています.一方,細胞核の起源についてはまだ詳しくわかっていません.
実は,『巨大ウイルスと第4のドメイン』が発売されるよりもずっと前から,私は著者の武村政春氏が細胞核ウイルス起源説を唱えていらっしゃるということを新聞 [3] で読むなどして知っていました.そのため,『巨大ウイルスと第4のドメイン』を手にしたときからこの説に関して詳しい解説があるのではないかと期待していました.しかし,実際にはこの本の中では細胞核ウイルス起源説についてはわずか5ページほど(p.175〜180)で触れられているに過ぎず,その点は少し残念に思っています.それでも,「核を得ることによって真核細胞が受けた恩恵」について一つの考え方が示されているおかげで,さきほどの疑問に答えるための大きなヒントが与えられたことは間違いありません.
外から持ち込まれたお荷物
さきほどの表では,真核細胞と原核細胞のもう一つの大きな違いについては取り上げませんでした.それは,スプライシングの有無です.原核細胞では,DNAから転写されたmRNAはすぐに(あるいは同時に)タンパク質へと翻訳されます.一方,真核細胞では転写後すぐに翻訳が行われるわけではなく(核外へ搬出するのは当然として)アミノ酸をコードしていないイントロン領域を取り除くスプライシングという過程が加わります.『巨大ウイルスと第4のドメイン』では,このスプライシングが鍵となる説が取り上げられています.その概要を説明してみましょう.
このスプライシングという過程はイントロンを切り出すだけの単純な作業のようですが,実際にはかなり複雑で遅い反応です.そのため,転写・スプライシング・翻訳を同じ場所で行おうとすると,転写が終わったRNAに対して,反応の遅いスプライシングが完了するよりもはやく翻訳作業が開始されてしまう恐れがあります.また,スプライシングと翻訳の速度にかなり差があるのにも関わらず,同じ場所で作業を行うのはなんとなく効率が悪いようにも思えます.
ところで,そもそもイントロンを最初に真核細胞の祖先に持ち込んだのは,共生したαプロテオバクテリア(ミトコンドリアの祖先)ではないかと言われているそうです.だとすると,細胞核よりもミトコンドリアの獲得が先に起こったと考えれば前の段落の話と組み合わせてうまいストーリーが描けます.すなわち真核細胞の祖先は,ミトコンドリアを獲得して好気呼吸が行えるようにはなったものの,スプライシングと翻訳がともに細胞質基質(サイトゾル)で行われていたため効率よくセントラルドグマを回すことのできない状態にあったと想定することができます.そこに,何かのきっかけで細胞核という仕組みが誕生し *5 効率よくセントラルドグマを回すことができるようになったというわけです.この場合,ミトコンドアをもつが核をもたない「真核細胞に成り損なった細胞」たちは,その効率の悪さのために真核細胞の勢いに圧倒され絶滅してしまったということは,十分に考えられることでしょう.
この説は,著者によれば2006年にドイツのウィリアム・マーティンとアメリカのユージン・クーニンによって唱えられたものだそうですが,不学にしてこの本を読むまでは知りませんでした.しかし,これによって先に述べた高校時代からの疑問にひとまずひとつの解答を与えることができます.
巨大ウイルスに始まるストーリーは続く
さて,以上で「『生きている』とはどういうことか」や「初期生命進化論」といったテーマについて簡単に論じることができました.しかし,巨大ウイルスから出てくる話題はこんな程度に留まりません.
今回紹介している『巨大ウイルスと第4のドメイン』の中では,ウイルスの起源や巨大ウイルスの進化についてなど,この記事中では紹介しきれなかった数々の興味深い話題についても論じられています.これほど薄い本の中によくこれだけのテーマを盛り込めたものだと素直に感心しました.
また,これはブルーバックス全体の特徴かもしれませんが,専門的な内容も冒頭の方で一度は平易に解説されているため,前提知識のない人でも頭から読めば必ず理解できる内容になっているのも素晴らしいと思いました.それでいて,既にひと通り(以上)生物学を学んだことのある人にとっても興味深く,つまらなさを覚えさせない本に仕上がっているのではないかと感じました.これには巨大ウイルスというテーマの奥深さも多分に寄与しているのだろうと思います.
この本には「生命進化論のパラダイムシフト」という少々大袈裟ともとれる副題がついています.しかし,巨大ウイルス発見のニュースが生物学分野に巻き起こした新風の大きさを考えれば,あながち過言とばかりも言えないかもしれません.
<参考文献>
[1] 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也, 塚谷裕一. "ウイルス". 岩波生物学辞典. 第5版, 岩波書店, 2013, p.102.
[2] "21世紀ウイルス学における新しい課題となった巨大ウイルス". 予防衛生協会. 2015-04-23.
http://www.primate.or.jp/info/58-21世紀ウイルス学における新しい課題となった巨大ウイルス, (accessed 2015-05-27).
[3] 冨岡史穂. "ウイルスは「生物」か". 朝日新聞. 2013年9月23日朝刊, p.23.